[レポート]Closing keynote – ヒューマナイジング・ストラテジー共感経営
はじめに
こんにちは、かみとです。2021年1月6日~9日の日程で開催されたReagional Scrum Gathering Tokyo 2021の参加レポートです。
このエントリは、Day3の野中郁次郎先生によるClosing Key note 『ヒューマナイジング・ストラテジー共感経営』のレポートです。
登壇者
- 野中 郁次郎 先生
- 一橋大学名誉教授
- カリフォルニア大学バークレー校特別名誉教授
- 名著『失敗の本質』『知識経営のすすめ』『アジャイル開発とスクラム』など著書多数
ヒューマナイジング・ストラテジー
- 戦略論というよりは、人間くさい戦略論
- できれば日本発信にしたいよねという話
- ワイズカンパニー
- ワイズー知恵、Wisdomという方に動いているということを象徴的に書いてみた
- グローバルな経営の流れ
The New Enlightenment: 「新啓蒙」会議
- スコットランドのエジンバラで新啓蒙会議が行われた
- 3人のオーガナイザー
- ディビット・ティース
- ダイナミックケイパビリティで有名
- ジョン・ケイ
- イギリスの有名や経済学者
- ニーアル・ファーガソン
- ファイナンス界のスター
- ディビット・ティース
- この3人がチームになってこれからの経営のありかたを考える会
- なぜスコットランドのエジンバラで行ったか?
- アダム・スミスの生家
- マーケット中心の市場原理主義を提唱した
- 実は資本論の前に道徳感情論という本を書いている
- 人間の倫理というのが大切だということを主張していた
- そのへんが薄れてしまっている
- 株主価値最大化までいっちゃったけど、それは間違い
- 倫理をベースにした上でのマーケットメカニズムの資本主義という流れだったはず
- 失われたバランスをとりたい
- ということで、わざわざアダム・スミスの生家でカンファレンスをやった
- アダム・スミスの生家
- なぜスコットランドのエジンバラで行ったか?
- 株主価値最大化の否定・顧客第一主義
- ダイナミックケイパビリティ、アジャイルマネジメントが鍵になる
- 人的資源・ヒューマンリソースというコンセプトが主流になってきた
- 人間は資源じゃないよ、モノじゃないよ
- むしろ資源を主体的に生み出す、それが人間なんだ
- リソースというのはやめようよ
- 資本主義の道徳観としては利益と利他を両立させる共感が重要な経営のベースになるんじゃないか
- 長期的な視野に立った賢い資本主義
- ワイズキャピタリズム、ステークホルダーキャピタリズムに向かいたい
- 日本的経営を忘れてもらっちゃ困るということでワイズカンパニーを書いた
現在の「日本的経営」の危機
- 日本の経営が疲れ切っちゃってるんじゃないの
- オーバー・アナリシス(過剰分析)
- オーバー・プランニング(過剰計画)
- オーバー・コンプライアンス(過剰規則)
- 人間の創造性とかが劣化してんじゃないの
- もっぺん原点を見直しながらやってこうじゃないの
オーバー・アナリシス
- マイケル・ポーターの戦略論
- まさに経済学がベース
- いちばんサイエンスに近い分析的な戦略論
- まさに最初に理論ありき
- マーケットの行動を分析して、戦略がでてきて、それをどうやって測定するか
- 分析的な戦略論が今日でも持続している
- まず戦略・理論ありきというもの
- 環境が安定している中では機能するが、今日のようにダイナミックな現状では機能しなくなる
- これから必要なのはもっとクリエイティブでダイナミックな、もっと人間臭い戦略論が必要なんじゃないの
「日常の数学科」の危機
- 経済学というよりは、哲学をベースにした戦略論
- 知識とはなんぞやというところから
- それをどうやってつくるの?
- これは日本発信だったけど、意外とグローバルに当たった(SECIモデル)
- ナレッジというのはギリシャやヨーロッパなど哲学の分野だったはず、なのに日本で知識を想像するというのは何事?!と反感を買いながらもヒットした
- 分析的な知、論理値が伝統的に支配していた
- もっと身体知、経験、客観より主観、主観より思い
- これがベースでは?
- 知識想像理論は暗黙知という概念が根源にある
- 暗黙知と形式知のスパイラルの中からバランスのある知が生み出される。これがイノベーションである。
- さらに知識から知恵へ
- 知識から自在に動ける、判断力のある知識ということが重要である
- 知識や知恵になっている哲学のベースが、現象学に影響を受けている
- 現象学のものの考え方は簡単に言うと、直感、主観を大切にしようじゃないかということ
- 初めに客観、じゃないよという
- 今、支配的なのは、いつでもどこでもだれでも、普遍的に妥当するという考え方
- でも元々の原点は、直感するということ
- 現象学のものの考え方は簡単に言うと、直感、主観を大切にしようじゃないかということ
- 絶えず、経験の質
- クオリア(茂木健一郎よく言っているやつ)が大事
- いまある体験が重要
- 単なる形式ではなくて、経験の質、意味を人間は絶えず求める存在である
- しかし主観が関わってくるので、客観にするために意味の本質を見極めていってコンセプト、理論にもっていくのがサイエンスである
- 日常が数学化して、その背後にある意味づけ、価値付け、主観が希薄している
- ROI何%とかではなく、意味を問うのが重要
- 科学の基礎というのは直接経験にあり、それを形式化するのがサイエンス
- 今まさに文明の危機なのでは?
- 意味をわからずに数値を形式論理的に追求してるけど、それって何なのためにやっていて、そもそも我々は何のために存在しているの?そこをもう一回考え直したい
ハーバード・サイモンのアリのメタファー
『アリの軌跡は、アリが歩いた海岸の複雑性を示すもので、決してアリの認知能力の複雑さを示すものではない。人間も、アリ同様にその認知能力は極めて限られている』H. A. サイモン
- これはアリの情報処理能力が優れているわけではない
- 直前の障害物に対処していた結果
- 複雑なのは環境である
- アリの認知能力は極めて限定的
- 人間も同様で、人間の情報処理能力にも限界があるということ
身体性の復権-人間の心は身体に根ざし、共感させることにある-
- 身体性の復権
- 頭と体はわけられないんじゃないかという考え
- 両手を握って、握っている手に意識を合わせてみると、右手を握ってるのか左手を握っているのかわからなくなる
- ミラーニューロンの発見
- 相手の行動を見るだけで、相手の意図を感じさせる細胞がある
- 言語を介さなくても、見た瞬間に共感するニューロンがある
- 顔を見れば先に動ける
- フェイス・トゥ・フェイスの有用性
- 『GRIT やり抜く力』 - ダックワース
マイクロソフトのAIフィロソフィ
- ナデラCEO
- アメリカの経営者でただ一人、エンパシーを強調している
- 人間中心である
- エンパシティックリーダーがこれからのリーダーである
知識創造理論
- じゃあどうやって知識を組織的にしかも持続的に造っていくのか、が重要なんじゃないか
- イノベーションというのは新しい知識を創るということではないか?
- 人と人との関係性の中で主体的につくる意味
- 人と人との間で人となる
- 主体的に造っていくのが意味
- 自分の信念「真・善・美」に向かって社会的・普遍的に客観を目指す
- 最初にあるのは思いであり、理論ではない
知識創造の本質-暗黙知と形式知のスパイラル-
- 他社との関係性の中でつくるんだという物語
- 知るということはパーソナル(全人的)知識
- 暗黙知
- 全人的コミットメント
野球監督の知の作法
- 長嶋茂雄はイメージをそのままに語る(暗黙知)
- 来た玉を打つ、ピッと音が鳴ったタイミングで打つ、と言われても普通の人にはわからない
- 野村克也は徹底的にロジックで言語化して語る(形式知)
- 『バットは自然体で構えて、体重移動を・・・』
- 暗黙知と形式知を状況を見ながらバランスを取る必要がある
暗黙知と形式知
- コンテキストに応じてバランスは変わる
- 今ここの知識、文脈によって動いている
- いずれにしても身体経験をベースによるか、言語的媒介をベースとするか、相互作用が必要となる
本田宗一郎の本質直感
- 『本田宗一郎』ー野中郁次郎
- 全身全霊でドライバーに共感している
- 全五感を駆使してなりきってる
- その中で、俺だったらこうするよ、という主観が入ってくる
- 一緒に同じコンテキストを共有した人間でないといけない
- わざわざ目と目をあわせている
- 簡単に新しいコンセプトは出てこない
- 相手の視点に立つという共感
- 同時にその上でなんとか一緒に悩みを解決したいという気持ちを持つ
- 共感しあいながら、忖度せず、葛藤がある中で、ああでもないこうでもない、という対話を繰り返すことが必要
SECIモデル
- 個人の知識ではない
- 徹底的に共感する
- アナログ・デジタルを総動員して、物語をつくり、やり抜く
- 組織、社会、が一緒になっていく
- こうしたプロセスを経てまさに客観的知識になっていく
- 共感ー概念ー理論ー実践というスパイラル
OODAループ
- Observe-Orient-Decide-Act
- ジョン・ボイドが考案
- まず行動ありき
- パイロットが開発した、いかに早く環境に適用するかというモデル
- とりわけ「Orient(情勢判断)」が重要だが、ここがはっきりしないという問題がある
- OODAループは適応型、SECIモデルは創造型
- アジャイルとは、企業だけでなく、軍事組織の方が場合によっては進んでいるという側面がある
- それだけアジャイルは環境変化が激しい中で、キーコンセプトになっている
エーザイのSECIスパイラル
- 治る認知症の薬を研究している
- 重要なことが「共感」
- 全社員の1%(年間2.5日間)を患者と一緒に過ごす、感じる
- 認知症は短期記憶が劣化してくる
- 患者の視点から世界がどう見えるかを類推するのが難しくなる
- 一緒に過ごすことでコンテキストを感じてきて、それを後で徹底的に議論する
実践知リーダーシップ
- SECIをアジャイルに回していくのがリーダーの仕事
- チャレンジングな目的を出していく必要がある
- 全身全霊で共感する場をつくる
- そして実践してやり抜く
- 実践知を自立分散系にしてリーダーを育てていく
- 部下に成功体験させる
- そういうことを説明してるのがワイズカンパニー
- 知識の規模がスパイラルを持続的に回していくのが重要
- 組織の機動力が増幅
- これを知的機動力と呼んでいる
- これを磨くのがリーダーのしごと
- 自立分散系のリーダー
ワイズカンパニーの基盤
①共通善:存在目的
- 3人のレンガ積み職人(ドラッガー)
- 大事なのは生き方である
- 何のために生きるのか
- どういう生き方をしたいのかという思いが重要
- 大事なのは生き方である
- SDG'sは演繹的なツール
- 自分たちが内から発信しつつも、SDG'sも大いに参考するというのが良い
- 単にバッチをつければいいというもんじゃない
- 自分たちが内から発信しつつも、SDG'sも大いに参考するというのが良い
- Fujitsu Way
- これはいい
- 歴代のトップの考えをレビューしながら「共感」が入っている
- 日本企業が一部できてる共感は「忖度」
- でも共感の本質は、相手の視点に立ち「悩み、挑戦する」ということ
②相互主観性
- 人間と人間の出会いを大事にする
- マルティン・ブーバーの哲学
- 人、自然、精神に出会い、共感する
- 人間は関係性の中で人になる
- 「一人称—>二人称—>三人称」というのが主観が客観になるプロセス
- しかし、一人称も他者があって自分が認識できる
- 共感の中で自己認識できる
- 人は、関係性の中で人となる
- 人は動く媒体である
- 個人がいくらいいアイデアを持っていても、三人称にならないと「客観」にはならない
- 核になるのはミニマムな三人称は「ペア」
- だがどうやったらこれができるかは永遠の課題で、そう簡単なことではない
- 親子の関係
- 親子の関係は感覚的に一身体だった
- 次第に言語を媒介して「私とあなたは違う」と相手を対象化する感性・知性が発達する
- 対立項として捉える
- その中で共感が生まれるかが最大の課題である
- 可能だが条件がある
- その方法とは、徹底的に戦う「知的コンバット」を行う
- ただ、同じコンテキストを共有しながらやる
- 分析してるだけじゃだめ
- 徹底的に分析的にぶつけ合いながら、知的コンバットすることが重要
- 本質直感「我ー汝関係」マルティン・ブーバー
- 「汝」という言葉の意図
- 成人として、知的コンバットを徹底的に繰り返した本当の意味で親しい関係性のときに「汝」という表現を使う
- 本当に戦ったのかが大事
- ブレインストーミング、デザイン・マネジメントをしただけではだめで、本気で戦って何を生み出したかということが重要
- 共感(Empathy)と同感(Sympathy)
- 共感(Empathy)
- 無意識
- 完全に相手の視点になりきる
- 『put yourself in someone's shoes』
- 同感(Sympathy)
- 意識する
- 第三者的にその意見にagreeかdisagreeかを判断し、その上でagreeというのがSympathy
- 最初にEmpathy、その上でSympathyというのが重要
- 共感(Empathy)
- ホンダの2つのワイガヤ
- 従来のワイガヤ
- 会社負担の場(よい宿・よい食事・よい温泉)
- 今はコロナでこれがなかなかできない状況
- 前のワイガヤを経験した人は充分共感できるが、最初から最後まで全てオンラインというのはなかなかチャレンジング
- 今はコロナでこれがなかなかできない状況
- 会社負担の場(よい宿・よい食事・よい温泉)
- ホンダジェットのワイガヤ
- On the jobでプロ同士が対面で知的コンバット
- むしろ飲まなくてもいい、徹底的に仕事の知的コンバットを行う
- 従来のワイガヤ
- アイリスオーヤマの例
- 政治プロセス不要
- 失敗は会社の責任、成功すればプロジェクトの成果
- すべて自社でつくるという、ものづくりのノウハウと機動力
- 「クリエイティブ・ペア」が知的創造の原点
- アジャイルのペアプログラミングも同様
- 異質のペアであることが重要
- 同質だと忖度が働く
③自律分散系
- ヒエラルキーは一見強そうで脆い
- アジャイルはフラクタル
- どこを切っても壊れない
- ミドルのダイナミズム、ミドルアップダウンが重要
- なぜソフトウェアに転換したか
- 日本のハードウェア開発がたまたま当時めちゃくちゃだった
- 顧客のところにいって、「できもしないのにやります」という状態
- そこで論文を書いた
- リレー、刺し身、スクラム
- そこから、平鍋さんにより、ジェフ・サザーランドとの対面に至る
- 日本のハードウェア開発がたまたま当時めちゃくちゃだった
- MAGTF(海兵空陸任務部隊)「フラクタル」組織
- 「陸・海・空」は仲が悪い
- それが一緒になってるというのが強い
- 大震災の時に真っ先に駆けつけたのが海兵隊
- SPMAGTAF
- わずか2〜3週間で仙台空港を復旧
- 「陸・海・空」は仲が悪い
- 『知的機動力の本質』
ヒューマナイジング・ストラテジー
- 最初に理論ありきではないよ
- 最初にwhy、purpose
- どういう生き方をしたいかは、分析ではない
- 意味づけ、価値づけを納得するために、オープンに議論するというのがヒューマナイズストラテジー
- どういう生き方をしたいかの物語を語ろう
- どういう生き方をしたいか語ろうじゃないか
- わくわくするような冒険物語の筋書き
- プロットと同時に、行動指針がないといけない
- 行動指針ースクリプト
- 京セラのプロット
- 技術体系の木
- 自然体であると同時に、思いもある、分析的である、アートでもある、サイエンスでもある
- 行動規範78項目
- 技術体系の木
- ベンジャミン・フランクリンの十三徳
- アメリカ海兵隊のスクリプト
- ジェフ・サザーランドがすごいところ
- スクラムは単なる手法じゃなく、生き方である
- 本質だけ語れという仕掛けの中で動く
- まさに経営のひとつのモデル
- ヒューマナイズストラテジーなんじゃないかと思う
- 原点を辿ると、ジェフは元空軍で偵察部隊だった
- 『スクラム 仕事が4倍速くなる"世界標準"のチーム』
未来への展望
暗黙知-形式知の相互作用とデジタル
- デジタルとアナログを絶えずパランスさせることが重要で、そのためのリーダーシップが実践知だ
- キーポイントは本質直感
- 言葉の奥にある本質をつかめるか
- フェイス・トゥ・フェイスのバランスを取るのが重要
幅のある時間:現象学的概念
- 主観的時間には幅がある
- 今の近く体験は、消え去った現象やこれから現れようとする現象を含む
- 仕事で我を忘れているというのは、客観的時間の幅がある状態
- イノベーションは主観的時間
- 共感を何度も超えて行かなければいけない
書くことの重要性
- 暗黙知・形式知のいろんな層がある
- 仏教では、無意識の深層にあるのが暗黙知の源泉
- 形式知を言語化するのに一番重要なのは、書くということ
- ことばを伝える、相手の気持ちを考える、ありとあらゆる知を総動員するのが書くということ
- 一人になったときに、過去、現在、未来を書いてみる
- 『深く考えて書くということは、暗黙知のほとばしり』
- 勝手にペンが動くくらい
二項対立から二項動態の経営へ
- 今ココを大切にしながら、絶えずバランスを取る
- スクラムにおけるすごいところ
- 振り返りから入り、しかもエッセンシャルなことしか言ってはいけない、1分で言えとか
- これを繰り返してると、先が見えてくる
- 時間の幅が出てくる
- 過去、現在、未来が繋がる
知的バーバリアン
- 知的野蛮人
- 知的体育会系
- こういうのが必要なんじゃないか
- 徹底的に身体化された心を持つ
- 『本田宗一郎』ー野中郁次郎
- サブタイトルが「知的バーバリアン」
締めの言葉
野中先生「頑張ってください!!」
感想
SECIモデルの本質的な部分を熱く語る、野中郁次郎先生の講演をライブで聞けたというのが、ものすごい財産になった気がしています。
数字や結果にフォーカスし過ぎなんじゃないかという今の現状に警鐘を鳴らしつつ、かつて日本が得意としていたものづくりの本質とは共感であり、情熱を持った徹底的な議論と体験を繰り返すことが重要だということがこの講演の中にものすごい熱量で語られていて、何度も反芻したくなる言葉に溢れていました。いい意味で完全に野中酔いしています。
実際に手を動かす人の仕事のやり方、本質的な仕事の在り方を、深く考えさせられた気がします。